朝、鏡を見ると、目の下のクマが目立つ。なんか私、疲れてる?
コンシーラーを塗って、ハイライトを足す。隠し方の動画を見て、何本もコンシーラーを買い替えて、色も重ね方も変えてみた。
それでも、昼過ぎのライティングでクマが浮き出る。毎朝かける時間も、結局消えないことも、だんだん嫌になってきた。
私の目の下は、もともと靭帯がくい込み気味だった。そこに加齢で段差が出てきて、クマが強くなった。その間も、なぜ自分の目の下がこういう構造なのか、どうすれば改善するのかを調べ続けた。X、Threads、YouTube、論文。当てられるものは当てた。たぶん、調べ尽くしたと思う。
分かったのは、段差は構造の問題だということ。化粧では消えない。注入でも、マシンでも届かない。外科でしか変わらない。
2年かけて、取る方向に舵を切った。
選んだのは裏ハムラ。脂肪を取って注入で埋める方法より、こっちのほうが納得できた。段差が靭帯と脂肪の構造の問題なら、足すより、その構造に直接手を入れるほうが理屈に合う。カウンセリングに行ったら、私の目の下は適応だと言われた。自分で調べて思い込んだんじゃなく、医師に確認してもらった上での結論。それで腹が決まった。
SNSの「専門医を選べ」に、ちょっと待ってと思う
調べていると、医師選びの言葉はとにかく極端だ。
形成外科専門医を選べ。直美は地雷。この肩書きなら安心。この経歴の医師は避けろ。
こういう断言を見ると不安になる。自分の選び方が間違ってる気がしてくる。その気持ちはわかる。私もさんざん飲み込まれた。
でも、何院かまわって思った。肩書きの話と、美的センスの話は、別だ。ここをごちゃ混ぜにするから、極端な結論になる。
肩書きは見る。でも見てるのは、トラブルのとき
先に言っておくと、私は肩書きを無視してるわけじゃない。
形成外科専門医という資格には意味がある。縫合、再建、合併症への対応。資格を取るまでに積む経験の幅は、何かあったときに効いてくる……というか、何かあったときにしか効かない、とも言える。
だから私は、トラブルが起きたときちゃんと動ける医師か、という一点で専門医という肩書きを見ています。裏ハムラは目の下を扱う。起こりうることは事前に調べた。起きてほしくはないけど、起きたときどう対応する医師なのかは知っておきたい。だからカウンセリングでは必ず聞く。何かあったら、どうしますか、と。
ここで言葉を濁す院もあったし、起こりうることとして淡々と説明する院もあった。後者を信頼する。
ただ、肩書きが効くのはここまで。トラブルに対応できることと、仕上がりが綺麗なことは、まったく別の能力だから。
「上手い」と「肩書き」は、イコールじゃない
専門医だから美容施術が上手い、とは限らない。
形成外科で日常的に扱う手術と、美容で求められる仕上がりは、重なる部分もあるけど別物の領域も多い。どこをどれだけ取るか、取りすぎないか、その人の顔に合う引き算ができるか。これは資格試験には出てこない。
そもそも「経験が長い=上手い」が本当なら、いちばん歳を取ったベテランに黙って任せればいい話になる。でも、長くやってるだけで自己流のまま固まった人が、必ずしも今の自分の顔に合う仕上がりをくれるかというと、そうとも限らない。経験年数は、上手さの一部でしかない。
私は美的センスを、医師個人のbefore/afterで見る。クリニックのアカウントが出してる症例じゃなく、その医師が自分で対応した症例を見せてもらう。そして、上手いか下手かより先に、方向が自分と合うかを見る。
ナチュラルが好きな医師と、しっかり盛るのが好きな医師がいる。どっちが正しいわけでもない。私は盛るより整える方向が好きだから、症例がはっきり盛り寄りの医師は、技術が高くても慎重に見る。求めてる方向が違うから。腕がいい、と、好み、は、別の話。
私がカウンセリングで聞いてること
何院かまわって、聞く項目が固まってきました。並べておきます。
明瞭会計かどうか。総額がいくらで、何が含まれて、追加で何がかかりうるのか。ここをぼかす院は、その時点で外す。見積もりの出し方に、その院の姿勢が出る。
症例数。その施術をどれくらいの数こなしてるか。年に数件の医師と、毎日やってる医師では、引き出しの数が違うと思う。
施術時間。実際どのくらいかかるのか。短すぎる説明にも、長すぎる説明にも、理由を聞く。
トラブル時の対応。さっき書いた通り。専門医という肩書きと一番リンクする部分。
医師個人のbefore/after。クリニック単位じゃなく、その医師が対応した症例。
美的センスの方向。ナチュラルか、盛りか。自分の好みと合うか。
そして、信念。この医師が何を大事にして施術してるのか。これは数字には出てこない。会って、話して、聞くしかない。金額や症例数は調べれば分かるけど、考え方は会わないと分からない。私がわざわざカウンセリングに足を運ぶ一番の理由が、たぶんこれです。
SNSの症例だけでは、もう決められない
症例は見る。好みの仕上がりか、自分の顔に近い症例があるか、変化が強すぎないか。入口としては役に立つ。
ただ、SNSの症例だけで決めるのは、もう無理になってきた。角度、照明、メイク、表情。それだけで印象は変わる。加工もある。最近はAI生成の症例まである。さらに、他の医師の症例を、あたかも自分がやったように載せてるクリニックも存在する。誰の手の症例なのか、見ても分からない。これはなかなか地獄だ。
だからSNSは、行く院を絞る入口でしかない。最後はカウンセリングで、医師本人に聞く。
それで、今どうなってるか
軸が固まった結果、第一候補は1つに絞れている。
明瞭会計、トラブル対応、技術、考え方、美的センス。聞きたかったものが全部そろった院だった。ここなら任せられると思ってる。
なのに、来週もう1院、別のところに話を聞きに行く。
技術で選んだわけでも、価格で選んだわけでもない。開院前にThreadsで少しやり取りがあって、人柄が良さそうだなと思った。それだけ。
これだけ判断軸をえらそうに並べておいて、最後に私を動かしてるのは「人柄が良さそう」という、数値化できない感覚です。自分でも矛盾してると思う。でも、目の下を預けるって、たぶんそういうことなんだろう。理屈で第一候補を決めた上で、それでも会ってみたいと思う相手がいる。
裏ハムラをやると決めても、すぐには切らない。今は、まわって、聞いて、見極めてる最中です。
来週の4院目が終わったら、その話もまた書きます。
